著:ブレイディみかこ 新潮社
SNSのフォロワーさんのなかで話題になっていた一冊だったので、連休中に読もうと思い借りて帰った。
23年前からイギリスに住む日本人の著者とアイルランド人のパートナー、二人の間の11歳の息子を取り巻く環境、主に中学校生活での出来事が書かれている。どんな経緯でそのことを一冊の本にまとめようと思ったのか気になったが、「波」という雑誌で連載されていたようで納得した。日本は日本でいろいろと問題があるが、やはりイギリスはイギリスで色々と問題がある。
息子は、公立のカトリック系の小学校に入学するが、中学校はカトリック校ではなく、「元底辺中学校」へ入学する。貧困世帯、移民、多様なルーツを持つ子どもがいる分、問題も多い。しかし、音楽や演劇など、子どもたちが好きなものを追求することで、おのずと学業(成績)もあがるという考え方のもとで、底辺から上位へとランクが上がっていく。中学校にもかかわらず、レコーディングスタジオがあったり、本格的な楽器や衣装が用意されている。
勉強だけを詰め込むよりも、文化的なものに触れること、子どもたちの好きなことを思いっきりの重要性、お芝居や歌を通して、人間関係が育まれていくこと、それが結果として、成績や人格形成に良い影響を与えることを実感した。そして地域の小学校や中学校での部落問題や人権課題への取り組みが決して間違っておらず、そして無駄ではないことを改めて実感した。
11歳の子どもが「シンパシー」や「エンパシー」について習うこと、そして貧困世帯、移民、人種差別など、それぞれの問題が日常茶飯事として隣り合わせであること。貧乏であることを嘲笑され、カっとなった少年が、相手に対して人種差別発言を言い返しても、差別発言をした少年のほうが罰せられる現実。なんとも歯がゆい。
保育士の経験があるからなのか、思春期の息子と日々のやり取りを会話することに驚いた。
日本の11歳はここまでいろんな話を保護者とするのだろうか。そこをまずうらやましく感じた。
タイトルは中学校にあがった息子がノートの隅っこに走り書きしていたものをパクったそうだ。