これからの人権教育を考える~人権についての市民意識調査から未来を拓く~

2019年、豊中市が人権についての市民意識調査を実施しました。調査結果の分析に携わってこられた関西学院大学教育学部准教授の濱元伸彦さんに、調査結果の分析から見えてきた、これからの人権教育のあり方について、人権文化まちづくり講座でお話いただきました。

なお、市民意識調査の結果については、豊中市ホームページに記載されておりますので、こちらの要旨からは割愛させていただきました。ご了承ください。

当報告の無断転載・複写を禁じます。ご希望の方はとよなか人権文化まちづくり協会までご連絡ください。

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はじめに:池田寛先生との出会い

私は大阪府泉佐野市の生まれです。高校卒業後、大阪大学人間科学部に行きまして、そこで池田寛先生という人権教育を研究している教員に出会いました。そこからいろいろ教育の領域に進んでいくきっかけをもらえたと思います。大変、人格的に優れた方で、亡くなってからもう10数年経つんですけど、いまだにその研究成果が学会でもいろいろフォローされている方です。この先生の勧めでアメリカに留学をしたのですが、留学して一か月くらいで池田先生が病気で亡くなられまして、留学先で大きなショックを受けた記憶があります。亡くなられる直前に遺言のメールを送ってくださっていたんですが、亡くなってしばらくしてからメールに気づきまして、「残念ながらもう私は無理です。留学して頑張って、よい研究者になってください」といったことを書いてくださっていました。

ですが、留学が終わりましてから(池田先生に対しては)ちょっと「反抗期」のような、言われたその通りにやりたくないという気持ちがありまして、そのまま研究者にならず、以前からもう一つの夢であった学校の先生になろうと思って、教員採用試験を受けて中学校の先生になりました。

30代の時には、大阪の南の方の公立中学校で、子どもたちとともにドタバタと泣き笑いの毎日を送りました。そこから、また心機一転して、やはり自分が一番教育の世界に貢献できるのは研究を通してだと自覚し、大学の教員になりまして、京都造形芸術大学という大学に着任しました。その後、今年度からですが、関西学院大学の教育学部に勤めております。

専門は教育社会学、人権教育、インクルーシブ教育、学校と地域社会の協働など多々ありますが、中心的には、人権教育を基盤にしたインクルーシブな学校づくりをどのように進めていくか、これについて研究しています。

「兎の眼」

大阪に限らず福岡県や高知県の学校に研究支援に関わったり、海外の学校の調査も行っています。また、豊中市では、5年くらい前に社会教育委員、市総合計画推進協議会、そして今回の市民意識調査の分析にかかわる人権文化のまちづくり推進協議会にも入れてもらっています。最近ですと、教育振興基本政策作成委員会というのもありまして、これから何年間かの豊中市の教育全体の計画作りに関わるという委員もさせていただきました。また、そうした委員だけではなくて、一昨年は、豊中市のある小学校で、去年はある中学校で、それぞれインクルーシブ教育の研究のため月1回〜2回、訪問調査をさせてもらいました。そうしたこともあり、豊中の学校の様子はこういうかんじで、こんなことを大事にしてるんだとか、いろいろ気づけたことがありました。

さて、私と人権問題との出会いについて、少しお話しします。豊中の学校にも様々な子どもたちがいますが、自分自身はとふりかえってみると、私は物心ついたときから母子家庭で育ちまして、たしか小学校の中学年くらいまでは母と二人で団地で暮らしていたと思います。その後、母方の祖父母の実家に移り、そこで育ちました。人権や差別という問題について、一番最初に考えさせられたのは、灰谷健次郎の『兎の眼』という小説です。母親が、小学生の時に私に読み聞かせてくれました。すごい長い小説で、何か月もかかって読み聞かせしてくれたと思うんですが、その中でいろんな差別の問題、特に記憶に残っていますが、戦争中の朝鮮人に対する差別とか、いろんなことを気づかされました。

母親は、市立病院の助産師の仕事をしておりました。学校で同和教育を受けた世代ではなかったと思うのですが、なぜか、人権感覚が鋭敏でしたし、かつボランティア精神に富んでました。阪神淡路大震災の時にも食べ物をもって、被災地に自分で行って支援活動に加わりました。また、東日本大震災では、震災終わってから東北に復興の手助けに行ったり、今もその交流を続けております。

一方で、私の親類には、差別意識が強い人もいました。身近に私の世話をよくしてくれて、成長を支えてくれたのですが、その家族は、特に障害者や被差別部落に対する差別意識が強く、ごくたまに差別的な言葉を発することがありました。ですが、母親はそうした発言に対して、ああいった言葉はダメだとか、ああいう風に人を見てはいけないとか、そうしたことを私に言う人だったんです。そういう母がいてくれて、本当によかったと思っています。

また、人権問題と出会う別のきっかけは大学で、先の池田先生のゼミに入って、そこを経由して、高槻市のある地域で放課後の子どもたちとかかわるボランティアに参加しました。そこでたくさんの子どもたちと出会い、障がいのある子が私の手を引いて「遊ぼう」と声をかけて連れて行ってくれたり、いろいろな関わりを持つ中で、その地域の子どもたちに関わる問題として、部落問題やいろいろな人権の問題を考えてみたいと強く思うようになりました。その時、私は大学の体育会系のクラブに入っていたのですが、あわせて部落解放研究会にも入りました。この研究会を通して、阪大だけではなく、他の大学の部落解放サークルや人権サークルの人たちとも交流し学び合うことができました。

豊中での自立生活介助のボランティア

一方で、豊中市とのかかわりというところで言いますと、当時伊丹空港に近いところのマンションに、安部さんという脳性麻痺のご高齢の方がいらっしゃいまして、その方の自立生活の支援に、大学生のボランティアが中心となって順番に入るという活動がありました。

大阪大学の人権系サークルのメンバーがかなりの割合でそのボランティアに加わっていたのですが、私も部落解放研だったんで、先輩から「濱元くん、君も来てみたらどうだ」と言われて、よくわからないまま月2〜3回のシフトに入ることになりました。安部さんの介助をしたり、安部さんのこうしたいああしたいという要望に応えたりして、障がいや自立生活のことを知る貴重な経験をさせてもらいました。

インクルーシブ教育について

 さて、私は今、インクルーシブ教育の研究をしています。私が中学校教員時代に担任した、ある障がいのある生徒そしてその親御さんとの出会いがインクルーシブ教育を知る大きなきっかけでした。

オーストラリアのクイーンズランド州というインクルーシブ教育がさかんな地域があります。昨年、その州のケアンズという町にある、先住民や難民の生徒も多い公立高校を訪問しました。その高校も昔はそれほどインクルーシブではなかったんですが、長年の学校の改革により、どんどんいろんな障がいのある生徒が共に学べるように合理的配慮が進んでいきました。例えば、聴覚障がいを持っている生徒がいたんですが、メインで教えている先生の横に手話通訳のアシスタントがつき、先生の講義や学生が喋る内容をすべて通訳して、聴覚障がいの生徒たちに伝えて共に学べる環境を作っていました。

クイーンズランド州のインクルーシブ教育のイメージは、障がいのある子どもだけではなく、先住民の子ども、過疎地で学ぶ子ども、性的マイノリティの子ども、家庭以外で養護される子ども、移民・難民の子どもなど、全ての子どもの学習を阻害しているバリアを取り払って、みんなが共に学んで成長できる環境を作っていこうというものでした。

日本の人権・同和教育との共通点

そのような、包括的なクイーンズランド州のインクルーシブ教育の考え方を見ていきますと、それにあたる日本の教育って何かって考えたら、やっぱり人権・同和教育なのではないかと思いました。同和教育も、一番最初は、部落差別解消のための取り組みに始まり、そこからの幅をどんどん広げて行って、在日コリアンや沖縄の教育の問題、障害児の学びの保障、現代では性的マイノリティの子どもたちをどう支援するか、といったことにどんどん視野を広げてやってきました。また、差別意識を無くし、人権感覚を高めるということとともに、実態的に差別を無くすために、学力保障や進路保障の取り組みを続けたりしてきました。さらに、外国にルーツのある子どもについては、母語とか民族の文化を学ぶ場を作るとか、そうしたことにも取り組んできました。

そうしたことを考えていきますと、逆にクイーンズランド州の側から、大阪の人権・同和教育を見たら、これは自分たちがやっているインクルーシブ教育と一緒じゃないかと思うだろうと感じたのです。そういった面で、インクルーシブ教育と人権教育の間に大きなつながりがあると思いました。以上が、自分の研究に関わることです。

人権についての市民意識調査

市民意識調査結果の概要を冊子で作っていただいたのに加えて、私たち研究者がデータを分析しまして、これが課題ではないかとか、こんな点にもっと注目しようとか、色々と分析を書かせてもらっています。その結果も、ホームページにアップされてますので、もしお時間があればそちらも見ていただきたいと思います。

人権についての知識を得る場としての学校

 まず、人権教育における知識の重要性ということで、この分析チームの座長であります、石元清英先生(関西大学名誉教授)の分析を一部紹介したいと思います。例えば、アンケートには、こんな質問があります。「次のうち、日本国憲法に関する知識、憲法により、国民の権利として定められているものは何だと思いますか。①思っていることを世間に発表する、②税金を納める、③目上の人に従う、④道路の右側を歩く、⑤人間らしい暮らしをする、⑥労働組合を作る。」です。正解はといいますと、①・⑤・⑥が、憲法で定められている権利です。例えば、⑥の「労働組合を作る」、これも団結権として憲法に明記されています。③の「目上の人に従う」、昔の教育勅語の内容には似たようなことが書いてありますが、違いますね。「道路の右側を歩く」も、もちろん権利ではありません。

さて、簡単な質問に思われたでしょうが、しかし、3問ピシッと答えられた「完全正解」の方は、回答者全体ではなんと13.4%しかいなかったんです。

 では、完全正解者が多かったのは、どの年代だと思われますか。「30代」や「40代」の働き盛りの世代でしょうか。実は、「10代」が一番完全正解者が多かったんですね。なぜかといいますと、やっぱり学校の中で憲法について学んだり、公民とか社会の授業で学んだり、また大学受験でも日本国憲法について学んだり、あるいは、大学に入ってもまた講義で学んだり、憲法の知識に触れる機会が多いのが10代かなと思います。しかし、それがだんだん年を取ると、憲法の知識に触れる機会が少なくなって来て、40代だと完全正解者一番少ないという傾向が見られます。

以上のことからも、人権についての知識を得る場として学校が果たしている役割は非常に大きいということが分かります。しかし、そこを離れていくと、憲法や人権そのものの知識に接する機会が減っていくということでもあり、そこが、人権啓発の課題だと感じます。

差別とは何かを考える力

さて、先ほどのアンケートの質問で、石元先生はクイズをしたかったというわけではなくて、憲法の知識が偏見とか差別事象に対する態度にかなり関係がある、ということを示されたんですね。

アンケートの別の設問で、いろんな人権上の問題について、それぞれについて問題だと思うかどうかを、上の憲法理解の質問での完全正解者、部分正解者、不正解者で比較しています。例えば、「就職の面接で、人事担当者が女性に対して結婚や出産について聞くこと」という項目があります(これは、女性の人権上問題がありますが)。それについて「問題がある」と回答した人は、完全正解者では47.9%、部分正解者では29.1%とだいぶ変わります。つまり憲法理解の程度によって、人権課題に対する意識が違うということです。ほかの人権問題についてもそうです。例えば、「災害などの緊急時に日本語が伝わらない外国人への対応がおろそかになること」、これも「問題がある」という解答のパーセンテージは、完全正解者が61.3%、部分正解者が49.0%とだいぶ差がありました。

まとめますと、基本的には、先の「憲法理解」での完全正解者の方は、いろんな人権問題について人権を尊重した対応を考える傾向、差別的なものに関しては、それに反対するような傾向が強くあります。あと、ほかにもいろいろな項目があります。例えば、「子どもは3歳くらいまでは母親の手で育てるべきだ」、これも「そう思う」の回答パーセンテージが、完全正解者は8.5%、部分正解者が20.0%となっています。これは「3歳児神話」といういわば迷信と言ってよい考え方なのですが、そこでも、部分正解者のほうが「そう思う」のパーセンテージが高くなっています。憲法の知識を持っているかどうかは一つの指標にすぎませんが、そうした知識を持っているということと、人権尊重の対応とは何か、差別とは何かを考える力といいますか、それらとの関連性があると考えられます。

同様の傾向が次の項目にもみられました。「親類から同和地区の人との結婚を家族から反対されていると相談を受けた場合に、どのような態度をとると思うか」を尋ねた回答結果です。そのように親類から「結婚を反対されそうだ、どうしたらいいだろう」と尋ねられたとします。ちょっと微妙な違いがありますが、次の二つは、差別・偏見に対して抗議し、本人の意志を第一に尊重しようという立場です。「反対する家族を説得するなど力になってあげると言う」について、完全正解者は18.3%、部分正解者は11.1%がこれを選んでいます。「迷うことはない、自分の意志を貫いて結婚しなさいと言う」、これは完全正解者の38.0%、部分正解者の26.2%になり、やはり差があります。以上をまとめますと、部分正解者は傾向として、完全正解者に比べて結婚差別の問題性や、その背景にある偏見に気づきにくく、反差別的な行動に結び付きにくい可能性があると言えましょう。

以上の内容は、もちろん、憲法の内容を知ってたらそれでいいということではありません。しかし、石元先生の分析からは、人権教育の中で、そもそも人権って何かとか、どういったことが差別に当たるのかといったことを、しっかり知識として知るということも非常に重要だということが感じられます。

人権に関する知的理解と人権感覚

実際に、人権に関する知的理解・認識が乏しいと偏見に影響を受けやすくなりますし、人権尊重、そして反差別の判断や行動をとりにくい可能性があります。要するに、人権感覚が鈍くなってしまい、言葉とか行動において差別とみなされるものをとりやすくなる。ですので、人権教育や啓発において知識的側面というのも重要だと言えます。「知識的側面」と難しい言葉で行ってきたんですが、これは「人権教育の指導方法の在り方について―第三次取りまとめ」という文科省が出している人権教育のガイドラインにも書かれています。

この「取りまとめ」は2008年に出されまして、今、12年も経ってるんですけど、ずっとガイドラインとして生き続けている、バイブルみたいなものです。その中で、人権教育では、知識的側面と、価値的・態度的側面、技能的な側面、この3つの側面をいずれも教育の場で育むことにより、最終的には「自分の人権を守り、他者の人権を守るための実践行動」をとれるように導くことがねらいとされています。

先程言いましたような、憲法に関する知識とかいった部分は、知識的側面に関わることであり、つまり、人権に関する知的理解を育むものです。一方で、被差別当事者のお話を講話で聴いたり、人権課題に関わるいろんなことを体験的・参加型学習によって学んだり、あるいは、差別事象に対する実践的な対応の仕方も学ぶとか、そうしたことは子どもたちの人権感覚を育むものだと考えられています。この知的理解と人権感覚の二つがつながりあって、一人ひとりの「自分の人権を守り、他者の人権を守ろうとする意識、意欲、態度を育てていく」とされています。そして、そうした「意識、意欲、態度」がベースとなり、最終的に市民として、自分の人権を守り、他者の人権を守るための実践行動をとれるようになると、それをめざして人権教育を進めましょうと述べられています。

人権感覚とは

 次に、私たちがよく使う「人権感覚」って何なのかということを考えたいと思います。人権教育の「第三次取りまとめ」のなかに、人権感覚の定義がありまして、こういう風に書かれています。「人権感覚とは、人権の価値やその重要性にかんがみ、人権が擁護され、実現されている状態を感知して、これを望ましいものと感じる」感覚であると。人権が尊重される、擁護されるという状態を望ましいと感じられること。これはわかりやすいですね。けど、ただそれだけじゃないのです。これに「…反対に、これ(人権)が侵害されている状態を感知して、それを許せないとするような価値志向的な感覚である」と続きます。自分や周りの人に人権侵害や差別がもし生じたとすれば、それはダメだと、何とかしてそれを解消したい、そういう気持ちを持てる、これも人権感覚の重要な部分なんです。このように反差別的な価値志向を持てるということも人権教育の柱となっています。

他方で、先の豊中市の市民意識調査では、人権問題、特に部落問題などについて、若者の「わからない」、(差別事象に対する価値判断において)「どちらでもない」という層が増えています。実際、学校教育の中でも、部落問題学習そのものが機会が少なかったり、そこで扱う問題が歴史的な問題だけにとどまっていたりということもあるかもしれません。このどちらでもないという層が増えているということですが、それは「ニュートラルな立場の人が増えて良いことだ」という風にも見えますけど、やっぱり偏見とかネガティブな情報に触れたときに、それに流されてしまうという可能性も大いにあると思います。

また、市民意識調査において、差別事象があったときに「黙って我慢した」という人が過半数だったということも驚きでした。そうした差別事象があったときに、どうすれば良いのかを学ぶ機会っていうのも大事だなと。人権問題って、こういう問題があるというだけを知るのではなくて、身近で何か起こったときに、じゃあ自分はどうしたらいいのか、自分が取れる行動は何かということをイメージトレーニングしてみたり、実践してみたり、そういう機会も必要ではないかと思います。ただ、学校現場の現状でいいますと、そもそも先生が困っている子どもの気持ちをじっくり聞けたり、子どもが自分の意見を表明できたり、子ども同士でクラスの中で起こった問題について話し合えるような、そういう時間的余裕が徐々に失われてきていると思います。今コロナ禍で一層そうした余裕がない状況だと思います。昔ですと、私が子どもの時分には、よく「終わりの会」とかで、その日一日起こった問題について誰かが提起して、私などもよく槍玉にあげられて、話し合いになり、誰かに謝ったり、次はこうしましょうってなんかみんなで決めたり、そういったことが結構多かったですね。けれども、今は、そういったことを行う余裕がなくなってきていると思います。先生としても、子どものいろんな相談に応じられる余裕がなかなかないっていうのが現状ですが、そうした状況が続くと、やはり上のように差別事象にあったとき「黙って我慢した」という人も増えるんじゃないでしょうか。

教える、気づかせる、出会わせる

最後、これからの人権教育を考えるということで、ポイントを述べていきたいと思います。旧来から言われてきたものもありますし、新しく提言したいこともあります。次の4つのポイントです。

一つは、教える、気づかせる、出会わせるということです。主には、教師の働きかけの面を言っていますが、先ほど述べましたが、憲法など、一人ひとりの人権について知識として学ぶ機会は重要だということが、先の分析からも確認されたかと思います。何が一人ひとりの権利であり、何が差別になるのかといったことについて、座学もやっぱり意味があるということ。

それに加えて、自分自身の気づいていなかった偏見(ステレオタイプ)に気づいたり、身の回りの差別の存在に気づいたりというような、体験的な学習や参加型学習といったものも、学校のカリキュラムの中で入れられていますが、これらも引き続き意味があると思います。

また、川口泰司さんという山口県の人権啓発センターの方がいて、私の大学解放研時代の仲間で、全国で講演されていますが、「顔の見える人権学習」が非常に効果的だと言っています。それは、例えば、被差別当事者の生の声を聴く機会。差別される側の痛みを想像し、差別をなくすことが大事だという態度を育む学習です。また、被差別の当事者じゃなくても、反差別の取り組みをしている人の姿から学ぶことも重要です。あるいは、現地に行って話を聞いて学ぶということ、これらのことが、差別的な行動を防ぐ意味で大切だと川口さんは言っています。

生活に根ざす、地域に根ざす

次に、生活に根ざす、地域に根ざすということです。先ほど言いましたように、知識は確かに大事なんですが、それだけでは生きていくうえで機能しないと思います。普段、日常的にどう行動しているかとか、普段の生活がどのようにいろんな他者の存在の中で営まれていて、何が当たり前になっているかということが基盤にならないと、子どもたち自身も、成長して大人になったときに、自分や他者の人権を守る行動に繋がっていかないと思うんですね。そうした意味で、学校生活の中で人権が守られて、自分も他者も大事にできるような関係を作っていくということが何より重要だと思います。さらに、身近に起こった問題について仲間同士で話し合う機会も大切です。

一方で、人権感覚の育成は、学校の中だけで完結するものではないと言えます。人権感覚を支えるものとして、自尊感情やレジリエンス、所属意識などがありますが、それらを育むにあたって大事なのが子どもと地域とのつながりですね。子ども自身が、地域のつながりの中であたたかく支えられていると感じることが大事だと思います。

私が研究協力で関わっている福岡県田川市で、小・中学生の学力生活調査というのが毎年行われています。この結果の分析をしているんですけど、その結果からは、「地域の人がほめたり励ましたりして応援してくれる」について「あてはまる」と答えている子ども、つまり、「地域の人から応援されている」と思っている子どもほど人権の効力感が強い傾向があります。「人権の効力感」とは何かといいますと、「自分たちが頑張れば、いじめや差別を無くせる」と思えるという、いわば人権問題の解決に対するポジティブな姿勢ですね。それが「地域から応援されている」と思っている子どもほど強いということです。特に、中学生の方が「地域から応援されている」と思えているかどうかで差が大きいですね。このような「地域から応援されている」という感覚と「いじめ・差別を無くせる」という感覚の関係性からも、子どもと地域のつながりが大切だということがわかります。

自ら学び、行動する機会をつくる

あと、最後のポイントですけども、それは「自ら学び、行動する機会をつくる」ということです。基本的には話し合うための十分な時間が学校の中で限られているために、人権教育でじゃあ何するかってなったときに、人権についてこの問題とこの問題を扱ってそれを教えましょう、誰々さんを呼んできましょう、ということで、カリキュラムを作るわけですね。それで、何かを見たり、聞いたりして感想を書いて終わりということになりがちです。ですが、人権というのは誰かに教えられて学んで終わりというものではないと思うんですね。常に知らないことがいっぱいあり、知らない人権や差別の問題があり、絶えず学び続けなければならない。あるいは、学んだ人権の考え方を、新しく生じてくる差別の問題に対してどうやって応用できるかというふうに考え、話し合う必要があります。そもそも、人権の歴史そのものが人々の学び合いを通じて、これって差別やな、何とか解決せなあかんなということで行動に移し、権利や制度を獲得したり、法律を作ったり、そのような学びと行動の中にあるものでした。そのように、子どもたちも自分で人権について学ぶ機会を作らないといけないと思います。そのように、自分で学ぶという機会を通して、初めて社会にある人権や差別の問題が「自分ごと」になっていき、改めてこのように差別があったんだということに気づけると思うんです。そういう機会を作らなければいけないと思います。

テキスト ボックス: 森実著『同和教育実践がひらく人権教育―熱と光にみちびかれて』(解放出版社)をもとに筆者作図

今から20年くらい前に、人権教育の研究者であります森実先生が書いた本の中で、「人権教育における学習のサイクル」ということで、「見つめる」、「語り合う」、「つながる」が連鎖する図式を示されています。(右図参照)。小さい矢印は人権学習に関わるさまざまな取り組みを表していて、それが刺激となり、集団の中でそれらをサイクルし続けることで、仲間を大事にする集団づくりができるという図式を表しています。この学習のサイクルの中に、もう一つ、私はここに新たなキーワードとして「探求する」という言葉を入れたいと思っています。自分で何か調べて、人権問題ってどうなってるんだろうということを学べる場所をつくるということです。

なかなかそうした学習の機会がないのが多くの学校の実情ですが、去年から時々行かせてもらっている高知県土佐市に、全校生徒40名ほどの小さな中学校があります。人権教育の実践を活発に行ってきた学校で、とても地域とのつながりが深く、あたたかい雰囲気の学校です。私は、ここ数年、福島県のある被災校の「ふるさと創造学」という復興教育の取り組みの研究もしているんですが、その中では、子どもたちが一人一研究で震災後の復興の問題に取り組んでいます。そうした探究的な学習方法をその土佐市の学校でも紹介させてもらいました。その土佐市の中学校も3年生がたった5人しかいない小規模校ですが、一人一研究で、それぞれ人権課題をテーマにして、文献や聞き取り、インターネットを通して何か調べてまとめるということに取り組まれました。この秋、その中学校の学習成果の発表会があったんですが、子どもたち一人ひとりがそれぞれ「高齢者の虐待問題」、「子どもの権利条約」、「ハンセン病患者の人権問題」、「インターネット上の人権侵害」、「犯罪被害者の人権問題」について調べた成果を発表してくれました。中学生の力でこんなにうまくまとめられるんだということにまず驚きを感じましたし、子どもたちの側から発信してくれたことで、改めて深く気づけたことがたくさんありました。また、その発表を聞いた、他の子どもたちや保護者、地域にも、人権文化の形成という点でたいへんポジティブな影響があると思いました。

他方で、こうした探究的な学習で私が大事だと思うのは、「探求する」は「自分から動く」っていうことを含んでますから、わからなかったときに誰かに聞きに行ったり、援助を求めるという行動にも自然につながります。そうした経験は、最終的には、自分の身の回りで差別事象があったときに何か相談するとか、そうした行動とも重なりを持っているのではないかと考えています。こうした学習は、人数が多い一般の中学校にはなかなか難しいでしょうが、けれども、部分的にであれ、「自分で調べる」「探究する」ということを人権教育の一部として大事にしてほしいと思います。

未来の社会を構想する人として育てる

最後のポイントになりますが、単に、子どもたちが今ある社会に適応するための「マナー」として人権を教えるのではなくて、子どもたちを、未来の社会において、共生社会、一人ひとりの人権がきちんと尊重される社会を構想する、形成する担い手としてみなして育てていくことが大事かと思います。イギリスのある地域の憲章にも書かれているのですが、インクルーシブな学校をつくりたい根本的な動機というのは、彼らが大人になったときに、非隔離的な環境を作る人になってほしいからだということでした。

これを、人権教育に置き換えていきますと、子どもたちに、将来さらに人権が尊重される社会を創造してもらえるように、教育していくということになるでしょう。子どもたちを社会の未来を構想、形成する人としてみなし、人権教育を進めていくという視点が大事かなと思います。

最後に、これからも、皆さんの人権尊重のまちづくりや人権教育・啓発につながるような仕事を続けていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。今日はありがとうございました。