「正月」
拝賀式がすむと
私たちは 先生から紅白の饅頭をもらった
うれしかった
からだ中が顫(ふる)えた
みんな校門をでると
わぁーッと一斉に
喜悦の旋風となって散って行った
―小学一年生であった
元日も
霜柱を踏んで
ランニング
繰り返し くりかえし
スタートダッシュの練習
膝を上げろ!
ピッチをあげろ!
スピードと タイムの明け暮れ
若い血のたぎっていた頃の正月
日直当番で
出勤待機していたら
空襲警報―B29の来襲
やがて 腹の底をゆさぶる爆音
ラジオは
天王寺方面が 目下炎上中という
屋上に立って
はるかな硝煙を望みながら
わが家にいる
臨月まぢかい妻を
一心に案じていた
―あれはたしか正月の二日であった
闇市で
一袋の芋飴と
小餅ニ十個買ったら
あと三十円しか残らなかった
餅を食べ
ただ じっと寝ていたら
コッチン コッチン
動いている柱時計
―あれはいつの正月であったか?
あの頃
生命は さらさら惜しくはなかったが
妻と子供だけは
なんとしても生きながらえさせてやりたかった
正月は
悲しむ人には更に哀しみを
喜びにみちる人には更に悦びをたずさえて
実に確かな足どりで訪れてくる
ああ 今 正月は冷厳の極み
しんしんと
骨にしみとおり
雪どけの洪水となって
ひたひたと
私をつつみ
襲いかかってくる