『古書往来』(みずのわ出版、2009年5月25日)という本がある。

古書往来(高橋輝次)

著者は、創元社編集部を経て、現在はフリーの編集者で、古本についての編著が多数ある高橋輝次さんだ。

この本は、創元社のサイトで連載中の「古書往来」が元になっているとのことだが、その58回目に「古本屋主人の書いた小説を読む─寺本知氏の詩と文学─」というのがあり、こう書き出されている。 

「今回は私が住んでいる豊中市で活躍された一人の詩人・文学者、寺本知(さとる)氏について書かせていただこう。ただ、寺本氏は生涯にわたり、部落解放運動の信望厚き指導者として、又豊中市市会議員としても活躍された人で、その方面でも相当著名だったようだが、私は思想や政治運動にはとんと縁のうすい人間なので、そちらはあえて省略させていただく。だから、氏の全体像ではなく、一つの側面を私の知った範囲で紹介するにとどまるだろう。」 

私も知っているあの寺本知さんのことが、古本屋つながりで登場し、詩人・文学者として作品とともに丁寧に紹介されている。それを読んで、改めて寺本さんの書いたものを読み直さねばと、追い立てられるように、本書でも一番詳しく紹介されている、「閑古堂日録」(1960年作)が収められている「魂の糧」を引っぱり出した。そこには、寺本さんの文化への造詣の深さが存分にちりばめられていることを、改めて発見し、新鮮な驚きを抱かされた。 

拾い出せば、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレ、指揮者のストコフスキー、安東広重、シャンソンにジャズ、坂口安吾、太宰治、檀一雄、織田作之助、田中栄光、梅崎春生、野間宏、堀田善衛などの作家、「三勝半七さんかつはんしち」(浄瑠璃)、詩人のアラゴンやエリオット、解剖学のラーベル、竹久夢二、トランペット奏者ニニ・ロッソの「みな殺しの歌」、北原白秋の詩「ビイル樽」・・・と、まさにマルチを地でいっている。これらをストーリーに沿って用意周到に組み込むには、知識だけではなく、これらを熟知し、使いこなす力量と技量とが必要になる。それを軽々とやってのける寺本さんのすごさに、私などは舌を巻くしかない。 

「全体像でなく、一つの側面を私の知った範囲で」と、高橋さんは言うが、それだけを取り上げても、一人の人間がなし得ることに余る仕事だと言える。他の側面を含め、全体像となると一体、どれくらいになるのかと思うと、その足跡には計り知れないものがある。だから、「全国的にもっと評価が高まってほしい文学者だと私は思う。」と結ばれた高橋さんと同じ思いを抱くとともに、それは私(たち)が為すべき事ではないかと強く思った。(ささき)